【白子・午房】冨澤屋と浩乃湯でめぐる、白子・午房(ごぼう)の記憶――かつ丼、昭和レトロ銭湯、そしていにしえの渡来人ロマン

住所でいえば埼玉県和光市白子。

今もこの一帯には「午房(ごぼう)(牛房)」や「午王山(ごぼうやま)」といった、歴史の香りを残す地名が散らばっている。

この古の歴史を持つ「午房(ごぼう)」の地で、お腹と体を満たす、なんとも心地よい時間を過ごしてきた。

白子のルーツと「午房」という名前の謎

「白子」という地名は、古代の「新羅(しらぎ)」に由来するという説がある。

奈良時代の天平宝字2年(758年)、武蔵国に住んでいた新羅系の人々74人を中心としてこの地域に「新羅郡」が置かれ、それがやがて「新座郡(にいくらぐん)」へと変わり、現在の「新倉」や「白子」といった地名に受け継がれている。

それにしても気になるのが、この地域に残る「午房(ごぼう)」(あるいは牛房)という名前の由来だ。

由来については諸説あり、明確には分かっていない。

一説には、かつてこのあたりで野菜のゴボウが栽培されていたことから名付けられたとも伝えられているほか、近くの「冨澤湧水」でゴボウが洗われていたことに由来するのだとおっしゃる方もある。

また、「昔、新羅の王子が京から下向した際にここに居住した」という伝承から、貴人の居場所を意味する「御房(ごぼう)」が転じたのだという説もあり、地域にまつわる物語の多様さが面白い。

そんな話に思いを馳せながら歩くと、静かな住宅街のなかにふと豊かな歴史のロマンが広がるようだ。

昭和32年創業「冨澤屋」さんで、温もりのかつ丼を

そんな歴史の残る午房(ごぼう)の地で、昔ながらの定食が楽しめるのが「冨澤屋」さんだ。

歴史ある店内は、どこか懐かしい空気が漂うお蕎麦屋さん。子どもと一緒に入り、かつ丼に小きつねをつけたセットを注文した。子ども用のお取り皿も快く用意してくださり、子連れにも優しい心遣いが嬉しいお店だ。

運ばれてきたかつ丼は、少し濃いめのしっかりした味付け。

お店のご主人のお話によると、冨澤屋さんが創業したのは昭和32年(1957年)。

当時は店の前もまだ砂利道で、裏手には山が広がっていたという。宅地造成が始まったばかりのこの土地には、多くの工事労働者たちが集まり、「汗を流して働く人たちが、お腹いっぱい食べられる場所を作りたい」という思いから始まったそうだ。

美味しかったです。ご馳走様でした。

少し味が濃いのも、ボリュームがあるのも、すべてはお腹を空かせたお客さんのため。その温かな歴史を知ると、丼ぶりの一杯からも店主の優しい心遣いが伝わってくる。

昭和42年創業・薪で沸かす「浩乃湯」の温もり

お腹を満たしたこの日は、ちょうど大相撲の千秋楽。

幕内優勝は横綱・大の里!結びの一番で大関・安青錦との相星決戦を制し、12勝3敗で見事な優勝を飾った(通算6度目、6場所ぶり)。そんな話題を胸にしつつ、食後はすぐ近くの銭湯「浩乃湯」さんへ足を運んだ。

昭和42年(1967年)の創業以来、地域に愛され続けている浩乃湯さんは、地下水を薪で沸かしているという正真正銘の昭和レトロ銭湯だ。

料金は大人550円。東京都内が600円に値上げされる中、この良心的な価格設定にもありがたみが増す。

お湯は少し熱めの設定で、芯からしっかりと体が温まり、湯上がりにはポカポカとした心地よさが持続する。周辺の銭湯は地下水を汲み上げているところが多く、場所によって水質や肌ざわりが違うのも面白いところ。自分にぴったりの銭湯を探すのも、地域の散策の醍醐味かもしれない。

お腹はしっかり満たされ、体は芯からポカポカに。

この日は満月でしたが、あいにくの曇天。

土地の名前の由来に思いを馳せ、美味しいご飯と温かいお湯に癒やされた、最高な午房(ごぼう)の夜だった。

📝 おまけ:今週末は白子の熊野神社のお祭りへ!

歴史と下町情緒が入り交じる白子の街ですが、いよいよ今週末は白子の熊野神社のお祭りが開催されます! 社殿の彫刻や境内からの景色も素晴らしいおなじみの神社が、お囃子の音色や活気ある賑わいに包まれる特別な数日間。お散歩がてら、秋の訪れを告げる地元のお神輿や出店を覗きに行ってみるのも楽しそうです。

この記事を書いた人

なりチャン

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