世界に冠たる牛丼チェーンの原点は「江古田」にあり!松屋1号店で味わう歴史と一杯の重み

「吉野家の1号店は築地市場にあった」というのは有名で、市場移転の際も大きなニュースになりました。

一方で、牛丼チェーン大手「松屋」の1号店がどこにあるかご存じでしょうか。

実は、西武池袋線の江古田駅近くにその原点があります。

今や国内に1,400店舗以上、連結売上高1,800億円を超える巨大チェーンへと成長した松屋フーズ。その始まりの地である練馬区栄町の「松屋 江古田店」を訪ねてみました。

はじまりは「中華飯店」と「両親からの借金」

松屋フーズの公式沿革を辿ると、現在の牛丼店へ至るストーリーは意外な歴史から始まります。

  • 中華飯店「松屋」創業 1966年6月
    東京都練馬区羽沢にて、松屋の原点となる中華飯店を開業。「はじまりは一杯のラーメン」からスタートしました。
  • 「牛めし・焼肉定食店 松屋」1号店オープン 1968年7月
    江古田駅前の商店街に、現在の「牛めし・定食」業態につながる創業1号店(江古田店)を開業。
  • 第3次改装・オールカウンター化 1982年
    座敷席を廃止し、オールカウンター席へ。ファーストフードとしての効率性と利便性を高めたスタイルへ進化。
  • 全国展開・グローバル展開へ 1989年〜
    株式会社松屋フーズへ商号変更し、全国規模・海外へと店舗網を拡大。

1966年に練馬区羽沢で開業した中華飯店を経て、1968年に江古田の地に誕生したのが「牛めし・焼肉定食店 松屋」でした。

当時の店舗はわずか4〜5坪という極めて小さなスペース。創業者はこの小さな土地で勝負に出るため、両親から借金をして開業資金を調達したといいます。

「お店はお客さまのためにある。ここはみんなの食卓」

その想いを胸に、価格やメニューにさまざまな工夫を重ね、地元の学生やモーレツ社員たちの胃袋を支えていきました。

1982年の改装では座敷席を廃止してオールカウンター席へと刷新。より素早く美味しい食事を提供するスタイルを追求し、今日の松屋の基盤が築かれていったのです。

朝定食の別皿に注ぐ、一杯の歴史

商店街の細い路地に面した江古田店。店内に入り、朝定食を注文します。

別皿に盛られた甘辛い牛肉。そこに生卵を落とし、ほかほかご飯の上へ回しかける——。

わずか4〜5坪の狭小店舗と両親からの借金という、あまりにも細い路地のようなスタートラインから、いまや世界に誇る牛丼チェーンが生まれたのかと思うと、胸に迫るものがあります。

全国どこの店舗でも変わらぬあたたかい味が、この小さな場所から始まった歴史と重なり合います。

数字で見る「松屋フーズ」の現在

江古田の原点から広がった松屋フーズは、今や圧倒的な規模を誇る一大外食企業へと成長しました。

国内店舗数の内訳(2026年8月末時点)

ブランド店舗数構成比
松屋(牛めし・カレー・定食)1,206店舗83.2%
とんかつ(松のや 等)195店舗13.4%
その他49店舗3.4%
国内合計1,450店舗100.0%

連結売上高の推移

2026年3月期の連結売上高は1,844億7,400万円を記録。近年も力強い成長を維持しています。

  • 2022年3月期:944億7,200万円
  • 2023年3月期:1,065億9,800万円
  • 2024年3月期:1,276億1,100万円
  • 2025年3月期:1,542億2,300万円
  • 2026年3月期:1,844億7,400万円

まとめ:練馬・江古田に残る「みんなの食卓」の原点

練馬区栄町(練馬区栄町34-1)に今も現役で佇む「松屋 江古田店」。

両親からの借金を背負って踏み出した小さな一歩が、今では全国・世界中の人々の食卓を支える存在になりました。

江古田の街を訪れた際は、ぜひこの原点の地に立ち寄り、歴史の重みを感じながら一杯の牛めしを味わってみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人

なりチャン

なりますチャンネルは、成増をベースに東京の城北エリア(板橋・練馬)の地域情報を地元目線でリアルタイムにお届けしていきます✉「子どもたちが地域の方々と触れあい、地域をもっと好きになってほしい」という想いで2022年頃に始めました。月間55万PV(2026年1月)。