東武東上線・大山駅。

駅前から続く「ハッピーロード大山」は、アーケードに覆われた大山を代表する商店街です。
そのハッピーロードで、2026年、長年営業してきた「ごん平」が閉店し、建物が取り壊されました。

建物がなくなったことで、これまで見ることのできなかった場所が姿を現しています。

そして、そこを見ていて気になったのが、「この建物の下には、かつて千川上水が流れていた」ということです。
ごん平の下を通っていた千川上水

現在は見ることのできない千川上水。
千川上水は江戸時代の1696年(元禄9年)に開削された歴史ある水路です。
現在では多くの区間が暗渠となっています。

東京都は現在も、練馬区関町南二丁目の伊勢橋下流から板橋区板橋一丁目までの約13.8kmについて、補修や清掃などの維持管理を行っています。
その千川上水の暗渠が、大山の街の地下にも残っています。

そして、今回取り壊されたごん平の建物の下にも、千川上水の暗渠が通っていたと考えられます。
地上から見れば、そこは長年にわたって一軒のそば店が営業していた場所。
しかし、その足元には江戸時代から続く水路の歴史がありました。
建物がなくなって、初めて見えるもの

ごん平が営業していたころは、当然ながら建物に覆われていました。
そのため、千川上水の暗渠がどこを通っているのかを意識することもありません。
ところが、建物が取り壊されると、その下にある地面が見えるようになります。

そこを眺めていると、
「この下を昔は水が流れていたのか」
と考えさせられます。
大山の街を歩いていると、千川上水は「昔の話」のように感じます。
でも実際には、現在の道路や建物の下に、その痕跡が残っています。
江戸時代の水路が、戦後の街の下に

千川上水が造られたのは江戸時代。
それから300年以上。
大山の街も大きく変わりました。
戦争があり、戦後の復興があり、住宅や店舗が建ち並び、商店街が発展しました。

そして、かつて水が流れていた場所の上にも、建物が建てられていきました。
ごん平も、その街の歴史の一部でした。
長年、大山の人たちに親しまれてきた店。
その建物がなくなったことで、今度はその下にあった「もう一つの歴史」が少しだけ見えてきました。






