東武東上線・大山駅に降り立つと、かつての活気とは異なる「変化の足音」が耳に飛び込んでくる。現在、板橋区大山は、補助第26号線の整備と「ピッコロスクエアエリア」の市街地再開発事業により、激動の渦中にある。

全国にその名を知られる「ハッピーロード大山商店街」がいま、大きな岐路を迎えている。
5月末、長年愛された名店「ふなちゅう大山店」が立ち退き閉店

ピッコロスクエアエリアの立ち退きは、2026年に入り急ピッチで進んでいる。

そして2026年5月末、長年この地で営み、地元住民に愛され続けてきた「ふなちゅう大山店」が、再開発に伴う立ち退きのため、惜しまれつつもその歴史に幕を下ろした(大山店とあるように、以前は中板橋にもお店があった)。

周辺を見渡せば、かつての賑わいが嘘のようにシャッター街と化しており、現在残っているお店もわずかだ。長年見慣れた風景が、物理的に解体されていく寂しさが街を包んでいる。

岐路に立つ名店「伊勢屋」の葛藤

ふなちゅうのすぐ側には、テレビの企画でも大人気の銘店「伊勢屋」がある。2026年7月にも珈琲販売の企画でテレビ出演を控えるなど、全国区の知名度を誇る「街の顔」だ。

しかし、そんな伊勢屋にも行政からの立ち退き通知は届いている。
「長年続けてきた生業(なりわい)を、そう簡単に止めるわけにはいかない」

少しでも長く事業を続けられないか、何か良い選択肢はないのかと、店主らは模索の日々を続けている。再開発は、都市の利便性を高め、補償等が行われる一方で、長年培われた人々の生活やコミュニティに確実な「痛み」をもたらしている。
江戸の風情を残す「くねくね道」と、築50年のアーケード

大山の街がこれほどまでに人々を引きつけてやまないのは、その独特な「骨組み」にある。

今のハッピーロードは、実は江戸時代の旧川越街道そのものだ。五街道の一つである中山道の最初の宿場町「板橋宿(現在の仲宿付近)」から分岐し、城下町・川越へと至る物資輸送の要所だった。ハッピーロードの道が緩やかにくねくねと曲がり、どこか風情を感じさせるのは、江戸時代の街道の面影をそのまま残しているからに他ならない。

その後、1978年に完成したのが現在の巨大なアーケードだ。 しかし、まもなく築50年を迎えるこの構造物は、老朽化が進み、維持管理に多大な労力を要するようになっている。

実際、再開発の区域外であっても建物の老朽化は深刻だ。老舗の「大山園」がハッピーロードの店舗を離れ、新店舗でリニューアルオープンした背景にも建物の老朽化があった。


再開発の有無に関わらず、次の世代を見据えたとき、街のデザインを根本から見直す時期が来ているのは紛れもない事実だ。

高齢化する街と「踏切による分断」のリアル
駅前に目を向けると、高架化への足音も確実に大きくなっている。 線路を跨ぐように架けられていた、昭和の高度経済成長期につぎはぎのように作られた「らせん状の歩道橋」はすでに通行止めとなり、駅前ロータリーの開発に向けて工事が進む。

この鉄道による「街の分断」は、単なる景観の問題ではない。 ある朝、大山駅の踏切を横断しようとした歩行器を押した高齢の方が、線路で倒れ込んでしまう事案があった。車輪がレールに挟まり、身動きが取れなくなっていたのだ。周囲の人々のサポートで事なきを得たが、高齢の方が多く居住するこの地域において、開かずの踏切や線路の溝は、生活を分断する大きなリスクとなっている。

新しい街のデザインは、こうしたバリアフリー化への切実な願いでもある。
「まちづくりアワード」受賞、そして新しい時代へ

痛みを伴う変化の先にある未来に向けて、街の動きを評価するニュースも届いている。

このたび、国土交通省が主催する令和8年度(2026年度)の『まちづくりアワード(功労部門)』において、全国20団体の中の一つとして「大山町クロスポイント周辺地区市街地再開発組合」の受賞が決定した。複雑な権利調整や、地域の特性を活かした魅力ある都市空間づくりの功績が国から認められた形だ。

高架がなくなり、補助道が通り、近代的なタワーマンションが立ち並ぶ未来。 江戸・昭和の歴史が紡いできた大山の温かみをいかに新時代へ引き継ぐか。老舗の閉店という大きな痛みを伴いながら進む大山の挑戦は、これからの都市再開発のあり方を占う試金石となるだろう。



