開館したばかりの川口市立美術館へ足を運んだ。

目当ては、開館記念特別展「蜷川実花展 はじまりの光」。

会場には原色の色彩が咲き誇る花々、そして父への原色の想いが溢れていて、心揺さぶられる素敵な写真展だった。

その深い余韻を胸に抱えたまま、帰り道に赤羽を通る。
街の賑わいと、高架下の鳥居

駅を降りると、街は祭りのお囃子と人々の熱気に包まれていた。

「赤羽八幡神社 御例祭」。


赤羽には何度も訪れたことがあるが、荒川・岩淵水門の方にある神社のお祭りではないようだ。
神社がどこにあるのか分からず、賑わいを頼りに探してみる。

すると、新幹線の高架下に「八幡神社入り口」という不思議な看板がぽつりと立っていた。



高架を潜り抜けるように伸びる石畳の先に、鳥居が構えている。
ここは新幹線と在来線の高架に挟まれた狭間のような場所。

そして目の前には「道路予定地」の看板が立てられている。
近代化と都市化が急ピッチで進む街の中で、隣り合うようにして悠久の時を刻み続ける神社。


境内へと続く急な階段を昇っていくと、高台の上に立派な社が見え、静かに手を合わせた。
神社の下を新幹線が走る理由



参拝を終え、社務所の方へ歩みを進めると、足を止めて見入っている人たちの姿があった。

ここからは、新幹線と埼京線がトンネルへ入っていくダイナミックな風景が見渡せる。さらに神社のすぐ脇を、京浜東北線・宇都宮線・高崎線などの列車も走っている。
そして、さらに驚くべき光景が広がっていた。

少し高くなっている社務所。その真下を、なんと新幹線が通り抜けている。


赤羽八幡神社は、武蔵野台地が関東平野に突き出した東北端に位置し、標高20メートルほどの小高い山に鎮座している。
1971年、東北・上越新幹線の工事が認可・起工されると、そのルート上、神社の小山を避けることが難しく、境内の下をトンネルで通す設計が決まったという。

当初、御神域の下を新幹線が通ることに神社側は強く反対し、地域の氏子や住民とともに反対した。しかし最終的には計画を受け入れ、現在の構造となった。

ただし、新幹線は本殿の真下を通っているわけではない。社務所の下を通過している。
帰りはスロープを通って下りていく。

ふと振り返ると、裏参道の大鳥居の間を新幹線が走り抜けていくのが見えた。まさに日本全国でここだけの、実に不思議な景観だ。
確かに自分の足元を新幹線が通過していく感覚もあり、高度経済成長期の大規模な交通インフラ整備と、古くからこの地にある神社の歴史が、赤羽台の小高い丘の中で重なっていることを強く実感する。

784年創建という伝承を持つ神社が、時代の変化をもその懐に受け止めて抱え込んでいる。
赤羽台の過去と未来

神社の目の前に広がるのは「赤羽台」。
現在は大規模な団地や大学キャンパスが立ち並んでいるが、かつては陸軍被服本廠などの軍用地があった場所でもある。

団地の商店街を歩いてみると、かつてのにぎわいに比べてお店も少なくなり、少し静かな空気が流れていた。

軍事施設から団地、大学、そして現代の新しいまちづくりへ。

変わりゆく時代の中で、変わらないもの。
鮮烈な写真展の余韻と、新幹線の上で悠久の時を刻む神社の風景が重なり、深く印象に残る一日となった。
【神社概要】赤羽八幡神社

- 創建伝承:延暦3年(784年)、坂上田村麻呂が東征の際にこの地に陣を置き、八幡三神を勧請したのが始まりと伝えられる。
- ご利益:古くから武士の厚い信仰を集め、現在は「勝負の神」として受験生やスポーツ選手からも親しまれている。
- 立地の特徴:赤羽台の高台(標高約20m)にあり、境内の地下(社務所下)を東北・上越新幹線や埼京線が通過している。
- 所在地:東京都北区赤羽台4-1-6
- 電話番号:03-3908-1764








