「わさビーフ」が結んだ板橋の縁。山芳製菓の軌跡と、おやつカンパニーとの新たな門出

板橋区に長年親しんだ人にとって、「わさビーフ」の山芳製菓は、区を代表する地元企業でした。かつて板橋区には、現在も本社を置く湖池屋や、同地区にルーツを持つカルビーなど、日本を代表するスナック菓子メーカーが本拠を構えていました。山芳製菓もまた、この「城北地区」のスナック菓子産業を支えてきたメーカーの一つです。

コンビニに並ぶポテトチップス。

しかし今、この老舗メーカーは大きな転換期を迎え、新たなステージへと進んでいます。


1. 磯部の鉱泉煎餅から、板橋・下板橋へ

山芳製菓の歴史は、昭和28年、群馬県磯部で始まりました。当初は特産の鉱泉水を使った「鉱泉煎餅」で基礎を築きましたが、食品衛生法の改正や昭和42年の下板橋工場の焼失という大きな苦難に見舞われました。

山芳の本社跡地

この危機を救ったのが、埼玉県杉戸への工場新設と、当時流行し始めていた「ポテトチップス」への進出でした。そして1987年、今や伝説となった「わさビーフ」が誕生します。

2. ローストビーフへの憧れから生まれた「美味しさ」の追求

山芳HPより引用。

「うすしお」や「コンソメ」が主流だった時代、山芳製菓が着目したのは「ローストビーフに添えられるホースラディッシュ」のメリハリでした。「安心・安全は前提。その上で健康志向には走らず、美味しさ(味の深み・濃さ)を追求する」という強い信念のもと生まれたわさビーフは、瞬く間に全国的なヒット商品となりました。

3. 「ときわ台」との別れ、そして経営刷新

Wikipediaより引用。

長年、環七通り沿いの本社ビル屋上でキャラクター「わさぎゅ〜」のオブジェが街を見守ってきた風景は、2024年に大きな変化を迎えました。

  • 2023年7月: 投資会社アント・キャピタル・パートナーズと資本業務提携。事業承継と経営基盤の強化を目的に、創業家からプロ経営者へのバトンタッチが行われました。
  • 2024年4月: 本社オフィスを板橋区常盤台から埼玉県川口市(西川口)へ移転、登記上の本店も兵庫県朝来市の関西工場へ移転。
  • 2025年4月: 旧本社跡地にはドッグホテル&サロン「ステラ(stella)」がオープンし、板橋のランドマークだったオブジェも姿を消しました。

4. 2025年12月、おやつカンパニー完全子会社化へ

PR Timesより引用。

そして2025年末、山芳製菓はさらなる大きな一歩を踏み出しました。 2025年12月26日、ベビースターラーメンで知られる「株式会社おやつカンパニー」の完全子会社となることが決定したのです。

アント・キャピタルによる「気骨のハンズオン支援」を経て、DXの推進や経営基盤の近代化を図ってきた山芳製菓。今後は同じく独創的な商品開発力を持つおやつカンパニーのグループに入ることで、製造・販売ノウハウを相互に活用し、スナック菓子業界での新たな価値創出を目指します。


結びに:形を変えて続く「山芳スピリット」

拠点が板橋から離れ、経営母体が変わっても、山芳製菓が培ってきた「独自性」と「美味しさへのこだわり」は変わりません。

城北地区のスナック菓子文化を共に築いたライバルたちに負けない個性を放ち続け、「その先にある“美味しさ”で驚かせたい」という情熱は、おやつカンパニーという新たなパートナーと共に、これからも私たちの食卓を「ツン」と刺激し続けてくれるでしょう。

この記事を書いた人

なりチャン

なりますチャンネルは、成増をベースに東京の城北エリア(板橋・練馬)の地域情報を地元目線でリアルタイムにお届けしていきます✉「子どもたちが地域の方々と触れあい、地域をもっと好きになってほしい」という想いで2022年頃に始めました。月間40万PV(2025年10月)。