東京都板橋区、高島平の街角。ふと目をやると、そこには時代を超えて愛されるハリウッドスター、ジェームス・ディーンのモノクロポスターが掲げられています。なぜ、没後70年近く経とうとする彼が、今なお日本の交通安全の象徴として、この地に残り続けているのでしょうか。

1. 永遠の青春スター、ジェームス・ディーン


ジェームス・ディーンは、1950年代のハリウッドを彗星のごとく駆け抜けた「永遠の青春スター」です。主演作はわずか3本。
- 『エデンの東』
- 『理由なき反抗』
- 『ジャイアンツ』
1931年に生まれ、孤独や苦悩を抱える若者の姿を等身大で演じた彼は、当時の若者たちの代弁者的存在でした。没後、アカデミー賞主演男優賞に2度ノミネートされるという史上初の快挙を成し遂げ、そのファッションは今なお文化の象徴です。
板橋区にゆかりのある方なら、下赤塚が生んだスター・尾崎豊さんを思い起こすかもしれません。若くして亡くなり、時代の葛藤を背負ったその姿は、ジェームス・ディーンの生き様と強く重なり合います。
2. 「皮肉な予言」と衝撃の最期

彼が交通安全ポスターに起用される最大の理由は、その悲劇的な最期にあります。
1955年9月30日、愛車ポルシェ・550スパイダーでレース場へ向かう途中、彼は交差点で衝突事故を起こし、24歳の若さで急逝しました。

衝撃的なのは、彼が亡くなる数日前に公共放送の交通安全ビデオに出演していたことです。彼はカメラに向かってこう語っていました。
「スピードを出すのは一般道じゃなく、レース場でやってほしい。君たちが安全運転をすれば、救われるのは(ひょっとしたら)僕の命かもしれないからね」
この言葉を残した直後に、自らが一般道の事故で命を落としたという事実は、あまりにも皮肉で重い教訓として語り継がれることとなったのです。
3. 日本の「交通戦争」が生んだ伝説のポスター

1970年代、モータリゼーションの急速な進展により、日本は「交通戦争」と呼ばれるほど事故が急増していました。特に若者の無謀運転が社会問題となる中、1977年、警視庁はあるポスターを制作します。

ポスターには、物憂げな彼の写真とともに、こう記されていました。
“There’s no return. It’s too late after an accident.” (君はもう帰らない。事故を起こしてからでは遅すぎます)
説教臭い標語よりも、「憧れのスターが一瞬の過信で未来を失った」というリアルな警告は、当時のドライバーに強烈なインパクトを与えました。その人気は凄まじく、街中に貼られたポスターが次々と盗難に遭うという社会現象まで起きたほどです。
4. 高島平に息づくメッセージ

現在も高島平警察署管内などでこのポスターが見られるのは、それが単なる広報物ではなく、地域に根付いた「命を守るシンボル」となっているからです。

「あせりと無理は事故のもと」——。 高速道路の大門高架下にあるポスターの中のジェームス・ディーンは、2026年の今を生きる私たちにも、静かに、しかし力強く安全運転の大切さを語りかけています。

