板橋区界隈に住んでいると、ふと目に飛び込んでくる「マルジュー」の看板。大山や仲宿、板橋駅の近くで愛され続けるあのパン屋さんは、まさに生活の一部のような存在ですよね。

しかし、不思議に思ったことはありませんか? なぜあちこちの街に「丸十(マルジュウ)」があるのか。実はそのルーツをたどると、日本のパン食文化を根底から変えた壮大な歴史に行き着くのです。

「○に十」のマークが意味するもの

この丸十の物語は、1901年に渡米して製パン技術を学んだ田辺玄平という人物から始まります。
当時の日本には冷蔵庫がなく、生イーストの管理は至難の業。彼は私財を投げ打ってドライイーストを研究し、大正時代に「玄平種」を完成させました。これが、職人技に頼らずとも安定して美味しいパンを作れるきっかけとなり、日本のパン文化を一気に加速させたのです。
「食糧問題の根本的解決はパン食の普及にあり」

そんな熱いスローガンを掲げた田辺玄平のもとには、全国から弟子が集まりました。彼らは師匠の家紋である「○に十」を掲げ、「親睦と共栄」の理念とともに全国へ暖簾分けしていきました。今、私たちが目にするそれぞれの街の丸十は、実はその系譜を守り続けている「独立した誇り高き職人たち」の証だったのです。
時が止まったような風景、庚申塚「丸十」へ

さて、今回訪れたのは、とげぬき地蔵で有名な庚申塚のすぐそば、旧中山道沿いにある「丸十」です。

戦後すぐの時代から、変わらずこの場所で暖簾を守り続けているこのお店。ドアを開けると、そこには昭和からタイムスリップしてきたような、懐かしくも温かい空気が漂っています。


並んでいるパンたちの価格を見て、思わず二度見してしまいました。


- 食パン:1斤 260円
- バターロール:1個 80円
- ホテルパン:150円
- パンの耳:20円


令和の時代に、この価格でパンが買えるなんて。もちろん単に安いだけではありません。小麦の香りがふわりと広がる食パンや、昔ながらの惣菜パンたち。特別に飾り立てた高級パンではないけれど、一口食べると「あ、これこれ」と心が落ち着く、そんな素朴な味わいです。
守り続ける「日常の味」

近代的なベーカリーが増える中で、マルジューの看板を掲げるお店は少しずつ減っています。だからこそ、庚申塚のこのお店のような場所は、単なる「パン屋」以上の価値があるように思えてなりません。

店主の方が丁寧に焼き上げたパンには、田辺玄平から受け継がれた「誰にでも美味しいパンを届けたい」という精神が、今も確かに息づいています。

近くを通るたびに、つい寄りたくなる。お腹だけでなく、心まで温まる。そんな「街のパン屋さん」の理想形が、庚申塚の路地裏には今も残っています。

皆さんも、旧中山道の散策の折には、ぜひこの「○に十」の看板をくぐってみてください。昔ながらの製法と、変わらぬ優しさが出迎えてくれますよ。



