北区滝野川、明治通りから一本脇道へ。住宅街の静けさの中に、その場所はあります。 マンションの1階に構える「飛鳥山温泉」。

60年近くこの地で地域の人々を温め続けてきたこの銭湯が、2026年12月31日をもってその幕を閉じることになりました。

120メートルの地下水がくれる、心からの「ポカポカ」

店頭に掲げられた「閉店のお知らせ」の文字。設備の老朽化など、苦渋の決断であったことが滲みます。

現在、女湯の露天風呂は故障中とのことですが、それもまた、この場所が刻んできた長い月日の現れなのかもしれません。

ここの魅力は何といっても、地下120メートルから汲み上げられる地下水。 実際に浸かってみれば分かります。体の芯からじんわりと解きほぐされ、湯上がりの「ポカポカ」がいつまでも続くあの感覚。それは水道水では決して味わえない、大地の恵みそのものです。
裸の付き合い、地域が息づく場所

浴場に一歩足を踏み入れれば、そこには「地域の縮図」がありました。 平日の昼間でも洗い場はほとんど埋まり、顔なじみ同士の会話が弾みます。

「免許の更新で、認知機能検査に引っかからないかヒヤヒヤしたよ」
「うちの母ちゃん、もうすぐ90だけど元気でねぇ」

そんな、他愛もない、けれどかけがえのない日常の報告会。 露天風呂の吹き抜けから見上げる春の空。ぬるめのお湯に浸かりながら、季節の風を感じるひととき。ここは単に体を洗う場所ではなく、住民の生活の一部であり、心の拠り所なのだと強く実感します。

銭湯を取り巻く「3つの壁」

しかし、これほどまでに愛されている飛鳥山温泉でさえ、存続は容易ではありません。 湯上がりにロビーでコーヒー牛乳を飲みながら眺めるテレビの国会中継。そこで語られる「エネルギーコスト」の話題は、まさに銭湯の首を絞めている現実そのものです。

現在の銭湯経営は、あまりにも過酷な状況に置かれています。

- 経営者の高齢化と後継者不足
- 設備の老朽化(ボイラーやポンプの故障が致命傷になる)
- エネルギーコストの高騰(汲み上げ、沸かしにかかる燃料費の増大)
「何か一つ壊れたら、もう終わりにしよう」 そんな声を、他の銭湯でもよく耳にします。日本の素敵な文化であるはずの銭湯が、今、まさに消えようとしているのです。
残したい、日本の風景



近隣には『テルマエ・ロマエ』のロケ地としても知られ、国の登録有形文化財でもある「滝野川 稲荷湯」があります。

こうした歴史的価値のある銭湯もあれば、成増・赤塚界隈の初音湯、浩乃湯、岩の湯、黄金湯、光徳湯、功泉湯のように、地域に密着した素敵な銭湯がまだ残っています。

週末、子供の手を引いて銭湯へ向かう。 そこには、地域の方との何気ない会話があり、懐かしい友人との再会があります。

地域のコミュニティとしての銭湯が、一つ、また一つと消えていくのは、単に「お風呂屋さんがなくなる」以上の、大きな喪失ではないでしょうか。

飛鳥山温泉の最後の日まで、あとわずか。 あのポカポカとした温もりを、そしてこの風景を、私たちはどうしたら残していけるのでしょうか。そんなことを考えながら、週末に子どもと銭湯巡りをしています。



