東武東上線・下赤塚駅から少し歩くと見えてくる、鮮やかなオレンジ色のテント。この色は、かつて消防庁で働いていた先代のお父様に由来する、いわば三光堂のシンボルマークです。

戦後まもなく、現在の駅前中心地あたりで、先代の母親が営む駄菓子屋として産声を上げた三光堂。時代の移り変わりに合わせ、プラモデル屋から現在の文具店へと姿を変えながら、70年にわたり赤塚の子供たち、そして大人たちの「表現」を支えてきました。

■ 伝説のコラムニスト、ナンシー関が通った店
三光堂の長い歴史の中で、今も語り継がれる大切なお客さんがいます。 唯一無二の消しゴム版画家であり、最強のテレビウォッチャーとして名を馳せたナンシー関さんです。

青森から上京したばかりの彼女は、当時この赤塚に住んでいました。のちに生涯で5,000点を超える作品を生み出すことになる彼女が、その創作の「種」となる消しゴムを買い求めていたのが、ここ三光堂だったのです。
「ハンコをたくさん買いたいんだけど、ありますか?」 「もっと大きな消しゴムって、ありませんか?」

大柄な体で、当時はまだ珍しかった「消しゴムを彫るための道具」を熱心に探す、少し不思議なお客さん。それが店主の抱いた第一印象でした。当初は正体を明かさず通っていましたが、名が売れ始めた頃、自身の記事を見せてくれたこともあったといいます。
■ ナンシー関からマツコ・デラックスへ。繰り返す「時代」

39歳で急逝するまで、その鋭い観察眼と「顔面至上主義」という独自の哲学で、芸能界や政治をズバリと切り捨てたナンシーさん。三光堂のオーナーは、今のテレビに映るマツコ・デラックスさんの姿に、かつての彼女を重ね合わせると言います。

「大柄な風貌で、芸能界を斜めから見る視点。時代は繰り返すんだよね」
店内を見渡せば、令和の今、平成に流行した「ボンボンドロップシール」が再ブームを起こしています。文房具に混じって、レジ前にはおもちゃが並ぶ懐かしい光景。次に流行るのはミニ四駆かもしれない——そんな風に時代のサイクルを穏やかに見つめる視線は、この街で長く商売を続けてきた自負を感じさせます。

