東京都板橋区の大山で、街の風景が大きく変わろうとしています。

ピッコロスクエア周辺の再開発、タワーマンションの建設、補助第26号線の整備、そして大山駅の高架化。複数の事業が同時に進むことで、駅前の風景や商店街の姿も大きく変わっていきそうです。

そんな大山の未来について、地域住民に向けた説明会が遊座大山商店街の一角で開催されました。

今回は、模型を交えた説明会の様子と、少しずつ変わり始めている大山の街を歩いてみた様子をお伝えします。
模型で見る、大山の未来

大規模な再開発や道路整備が進む大山。街がどのように変わるのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。



一方で、長年この街で暮らしてきた住民にとっては、期待だけでなく、不安や戸惑いもあるはずです。
「駅前がきれいになるのね」
「えっ、大山駅は高架の上にできるの?」
「バスロータリーができるのね」
説明を聞きながら、さまざまな声が聞こえてきます。


もちろん、開発に対して厳しい意見もあります。日頃感じている不満や、これまでの街のあり方への思いも、それぞれにあるのでしょう。
今回の説明会では、街の将来像を立体的に確認できる模型が用意されていました。

これまでも図面を目にする機会はあったものの、建物や道路の配置を模型で見ると、また違った印象を受けます。
どの建物が残り、どの建物が取り壊されるのか。道路はどこを通り、駅前はどのように変わるのか。

平面の図面だけでは分かりにくい街の変化を、具体的にイメージできる機会になっていました。
板橋区がこうした説明の場を設け、地域住民と対話を重ねていくことは、これからの大山を考えるうえでも大切なことだと感じます。
道路の整備で変わる街並み

今回の説明で気になったのが、道路整備に伴って変わる建物や街並みです。
まず、遊座大山商店街のゲート横にある建物は、取り壊しの対象となる見込みです。

さらに、補助道路の整備に伴い、現在の養老院前を通る道がバスの通行ルートとなり、そこから駅前のロータリーへ向かう道路が整備される計画です。
この道路整備に関わる一帯でも、建物の取り壊しが予定されています。

駅前にバスロータリーが整備されれば、バスと鉄道の乗り換えや駅周辺の交通のあり方も変わっていくことになりそうです。


ただし、道路や建物の具体的な配置、個々の建物の取り扱いについては、事業計画や現地の状況を確認しながら見ていく必要があります。
線路脇の飲み屋街も変わる

もう一つ、大きな変化が予定されているのが、大山駅の線路脇にある飲み屋街です。

この一角も建物の取り壊しが予定されており、将来的には「鉄道付属街路第6号」として整備される計画です。

現在は飲食店などが並ぶこのエリアも、道路整備によって街の姿が変わっていくことになります。



長年営業してきたお店や、地域の人たちが通ってきた飲み屋街。街の利便性が向上する一方で、こうした場所が失われていくことに寂しさを感じる方もいるのではないでしょうか。

大山の再開発は、新しい建物を造るだけではありません。これまで街を形づくってきた建物やお店との別れも伴う事業なのです。
大山駅の高架化で商店街はつながる?

大山の街を大きく変えるもう一つの事業が、東武東上線・大山駅の高架化です。
現在の大山駅周辺では、線路や踏切が街の移動に影響しています。
駅の高架化が進めば、鉄道と道路の立体的な配置が変わり、駅周辺の交通環境にも変化が生まれます。

特に注目したいのが、ハッピーロード大山商店街と遊座大山商店街のつながりです。
これまで踏切によって分断されていた両商店街が、駅周辺の整備によって、より行き来しやすい環境へと変わっていくことが期待されます。

商店街を訪れる人の流れが変われば、お店の立地や営業にも影響が出てくるかもしれません。

駅前の交通環境が改善されることで、大山全体の回遊性がどのように変わるのかも、今後の注目点です。
大山の街を歩くと、新しい変化が見えてくる
説明会で街の将来像を知ったあと、実際に大山の街を歩いてみました。
すると、すでに街のあちこちで変化が始まっていることに気づきます。
タイ料理「ステイダ」が閉店


大山駅の改札前にあったタイ料理店「ステイダ」は、2026年9月末で閉店しました。


駅の目の前という便利な場所にあったお店だけに、利用していた方にとっては寂しい知らせだったのではないでしょうか。
たこ焼き店の場所には「しんぱち食堂」が登場へ

だるま市場の前にある、たこ焼き店があった場所では、「しんぱち食堂」へと変わる動きが見られました。

いつも見慣れていた場所に新しいお店ができると、街の変化を実感します。

再開発によって大きな建物や道路が変わる一方で、こうした身近な店舗の入れ替わりも、街の風景を少しずつ変えていきます。
遊座大山商店街にはワインバー「CAPRA」がオープン

遊座大山商店街側では、ワインバー「CAPRA」がオープンしていました。

開発によって街の姿が変わろうとするなか、新しいお店も生まれています。

今回歩いた範囲では、遊座大山商店街側のこの道は残る一方、線路側の一つ隣の道はバスが通る道路へと変わる計画です。
同じ駅周辺でも、残る道と新しく整備される道があり、今後の街並みは場所によって大きく変わっていきそうです。
再開発の先にある、地権者との対話

大山の再開発を考えるうえで、建物や道路の完成予想図だけでは見えてこない問題もあります。
それが、長年この街で暮らし、商売を続けてきた人たちとの関係です。



地元で聞いた話として、戦時中の空襲で街が焼失し、疎開先から戻った人が、自分の店が別の人によって営業されていたことに気づいたという話があります。

当時は書類なども焼失し、土地や建物の権利関係を確認することが難しかったケースもあったと聞いたことがあります(これは板橋区だけでなく、東京一帯の空襲を受けた地域で伝えられている話であり、個々の土地の権利関係や経緯については、誰もわからないのかもしれません)。

戦争によって街の記録や暮らしが失われた経験は、大山の歴史を考えるうえでも忘れてはならないことの一つでしょう。
現在の再開発でも、土地や建物に関わる人々には、それぞれの事情や思いがあります。

街を便利にすることと、そこで暮らし、働いてきた人たちの納得を得ること。その両方を実現するのは、決して簡単なことではありません。


だからこそ、行政や事業者には、計画を説明するだけでなく、地権者や地域住民の声を丁寧に聞き、対話を続けていくことが求められます。
千川上水の暗渠と商店街

大山の街には、現在の地図だけでは分かりにくい歴史も残っています。
その一つが、かつて流れていた千川上水です。


千川上水は現在、多くの区間が暗渠化されていますが、大山周辺には、その水路の跡と関係する場所があります。


かつては旧川越街道と千川上水が交わる場所の近くに大山橋があったそうです。今は暗渠になっており、その姿を見ることはできません。


商店街の中を千川上水の暗渠が通っていることも、街の成り立ちを考えるうえで興味深い点です。



こうした場所で道路整備を進める場合には、土地の権利関係だけでなく、既存の水路や周辺環境との関係も考慮する必要があります。


大山の再開発は、現在の街を新しくする事業であると同時に、これまで積み重なってきた歴史や土地利用を改めて見つめ直す機会でもあるのかもしれません。
令和12年ごろ、大山の街はどう変わる?
駅の高架化、バスロータリーの整備、補助道路の整備、再開発による新しい建物の建設。
複数の事業が進む大山では、今後、街の姿が大きく変わっていくことが予想されます。

今回の説明会では模型を通じて未来の街をイメージできましたが、実際にどのような景色が広がるのかは、これからの工事や事業の進捗によって具体化していきます。

計画では令和12年(2030年)ごろを一つの目安として整備が進められていますが、事業ごとにスケジュールは異なるため、今後の公表情報も確認していきたいところです。

4年後、大山駅前はどのような街に変わっているのでしょうか。

新しく便利になる街への期待と、昔ながらの風景が失われる寂しさ。その両方を感じながら、これからの大山の変化を見守っていきたいと思います。











