1921年(大正10年)、物理学者であり随筆家でもある寺田寅彦は、池袋から東武東上線に乗り、成増を訪れました。彼が目にしたのは、現在私たちが暮らすこの場所からは想像もつかないほど豊かで、平和な田園風景でした。
寺田寅彦が心奪われた「平板な野」

寺田が残した随筆には、成増の地形と人々の営みが鮮やかに描写されています。

「見渡す限り平坦なようであるが、全体が海抜幾メートルかの高台になっている事は、ところどころにくぼんだ谷があるので始めてわかる。そういう谷の所にはきまって松や雑木の林がある。」
成増周辺に網の目のように流れていた白子川、百々向川、越戸川などの水系が刻んだ「谷」と、それを囲む畑地。寺田は、山が迫る故郷とは異なる、空が広くのびやかなこの土地の風景に、「世俗の喧騒から離れた休息の場」を見出しました。

夕日に染まる斜面の土色、森影から現れた飴色の子牛、そして黙々と働く農家の人々の姿。彼はこの地に小さな小屋を建て、心穏やかな日々を過ごす「田園詩の幻影」を抱いたのです。
バブルの遺構と、命の連鎖

時は流れ、2026年の春。成増の風景は大きく変わりました。かつて寺田が愛でた水系は暗渠化され、街は開発の波にさらされています。

かつての水系施設の多くは、現在では「バブルの遺構」として、役目を終えた姿をさらしています。しかし、その無機質なコンクリートの隙間には、別の命の物語が続いています。


- 生きものたちの聖域: 成増5丁目公園の前の湧水が溜まる場所は、ヒキガエルにとって大切な産卵場です。人間が忘れ去った空間こそが、彼らにとってはかけがえのない生活の場となっています。
- 季節の便り: 2026年の暖冬の影響か、今年のヒキガエルの産卵は例年より少なめとのこと。気候変動や都市開発の影で、彼らの営みもまた揺れ動いています。
過去と未来の対話


高島平の再開発や丸太公園の池の再利用など、地域の景観を見直す動きが活発になっています。


かつて徳丸田んぼを潤した旧白子川や前谷津川の水系施設も、単なる「遺構」として放置するのではなく、当時の風景を偲びつつ、今の生態系に寄り添った形での再整備が望まれます。


寺田寅彦が夢見た「森影の小屋」はもうありませんが、いまもこの街の谷戸(やと)には、静かに水が湧き、命がつながっています。

かつての田園風景と現在の都市生活。その両方の記憶を継承し、人間と生きものが共存できる「新しい成増の風景」を、私たちはどのように描いていけるのでしょうか。春の穏やかな日差しの中で、ふとそんなことを考えさせられます。

おまけ 成増駅駅前


駅前にもよく見ると水景施設が。子どもが落ちそうでヒヤヒヤすることも。



